睡眠の改善について1
精神的な病を考える時、健康を司る人間の三大欲求の内でも睡眠の問題というのはもっとも大きなものだと言えるだろう。しかし睡眠というのは現代の社会ではとかく軽視されがちである。特に我が国の社会では、勉強から仕事に至るまで「いかに眠らずに耐えて頑張ったか」という実に非合理極まりない精神論が無意味に評価されてしまう傾向すらある。バブル期には「24時間戦えますか?」などと言った広告文句が持て囃され、現在では一日17時間にも及ぶいわゆるブラック企業の搾取労働が平気で放置され、挙げ句超短時間睡眠法などという人間の自然の生理を無視した異常な言説までが平気でまかりとおってしまう。
だが、睡眠とは人間は始めとする生物に普遍的に必要とされているものであり、決して人為的な都合で削って良いものなどではない。睡眠中に人は日中の活動によって損なわれた心身の修復をし、記憶を定着させ、新たな活動のための活力を蓄える。適切な刺激と休息の均衡こそが人間の健全な成長と発展を支えるのである。
眠らない時、人間はどうなるのか。世界中では様々な事例が報告されている。
快眠コラム「人は眠らないとどうなる?」睡眠時無呼吸症候群(SAS)net| フクダ電子
いずれも集中力の低下や情緒の不安定といった軽微な兆候から始まり、やがては妄想や精神錯乱などより重篤な症状へと発展していくという経過をたどる。ここで断眠によってもたらされる症状はまさしく我々が経験してきたうつ病や神経症などの精神症状と酷似したものであるのがわかるだろう。これらの事例のような一時的な断眠実験でなくても、日常生活でよく見られるような慢性的な睡眠不足がいかに精神に悪影響を及ぼすかは推して知るべしである。精神の健康のために、正しい睡眠の習慣を取り戻すというのが以下に重要であるかを理解していただけると思う。
そうは言ってもうつ病で悩まされてきた人々は、睡眠の重要性など頭では十分に分かっているだろう。しかし、病的な睡眠異常が毎夜続き、自らの意思で眠ろうとすればするほどに眼が冴え、眠れなくなってしまうというような場合がほとんどだと思う。私自身も病に苦しんでいた何年間もの間極度の不眠に悩まされ、毎日睡眠時間が一時間を切るほどの極限の生活をしていたものである。
睡眠というものは布団に入ってからの「眠ろう」という個人の意志ではどうにもならない。したがって、睡眠の習慣を改善しようとする場合には、睡眠というものを正しく理解し、夜眠るまでの前段階で準備を整えていくことが大切である。
うつ病でよく使われる用語に「モノアミン仮説」というものがある。ようするによく言われる「うつ病になるのはセロトニンが欠乏しているから」だとかいうアレである。これはあくまで仮説であって事実ではなく、人間の精神というこの世の中でも最も複雑な機構をたかだか数種類の化学物質で割り切ってしまうこと自体に非常に無理がある。まして、それを合成物質で無理矢理に増減させようとするところに、現代の精神科医療の根本的な悲劇が生まれるのである。
しかし一方で、治療の指針としての大まかな枠組みとしてはある程度役に立つ部分もある。例えばセロトニンを増強するという行動を日々の生活に取り入れていけば、ある程度自分自身で間接的に感情を制御することも可能になるである。
ここで話を睡眠に戻すと、睡眠に関連する最も重大な脳内物質はメラトニンであるとされている。日中の活動によって放出されたセロトニンが、日没とともに周囲の環境に光がなくなるにつれメラトニンへと代謝され、これが人間の規則正しい睡眠習慣を形作るのである。人間の体には俗に「体内時計」と呼ばれる機能がある。1日24時間、朝、昼、夜の循環を、人体の内部でも交感神経や副交感神経の作用を調整することで再現しているのである。セロトニンとメラトニンの代謝関係は、この体内時計を正常に機能させるために大きな役割を果たしている。
うつ病患者の場合、度重なる慢性的なストレスや生活習慣の乱れなどでこの体内時計が狂ってしまっていることが考えられる。一時的な感情の乱れなどで夜眠れなくなることは健常人でも往々にしてあるが、うつ病患者の場合はそれが慢性化し、新たな習慣として体に根付いてしまっているのである。この狂った体内時計をいかにして合理的な手段で矯正していくかが睡眠習慣を改善する鍵となる。
人間の体が朝起きて、昼活動し、夜眠るという自然の生理を持っている以上、いかに本人が夜ふかしや昼夜逆転の生活が苦にならないと思いこんでいたところで、そのしわ寄せは必ずどこかしらに現れてくるものである。睡眠の問題を改善できた時、あなたのうつ病はかなりの部分まで治癒できているといっても過言ではないだろう。
今回は概念的な話がほとんどになってしまった。
次回はより具体的な睡眠改善のやり方について述べていく。